ウチの母は早朝トイレの前で倒れていて、ワタシが目を離してたのは5分くらいだったのに、そのあいだに亡くなっていました。
クーちゃんもいつもと違うカレーを作っている間に布団の中で誰にも気づかれずにいってしまった。
二人ともずっといっしょにいたのに、ワタシの目を盗むようにして死んでしまうなんて・・・という想いはなかなか消えません。
一緒に住んでいるからといって常につきっきりではいれないし「その瞬間」に立ち会うことのできる確率がどれほどのものなのか…と理屈はわかっているのですがそれでもくやまれます。
これはこの先ずっと残りそうに思います。
家族の最期にはヒトの数だけ後悔があるのでしょう。
そしてその思いは同じ親を持つきょうだいでもちがうから、一人で持っていかないといけないのでしょう。。。
どっちかがいい悪いということじゃなくて。。。
ウチはどちらも老衰と言っても良い年代だったので(90と18)その辺りの死んでいってしまうことについてはあきらめはついていました。
父は68で突然だったので訳がわからないまま事務所じまいだのなんだのに手続きしてたけど、、、持病もなかったので頭の中は「なんで?」しかなかった。
道を歩いている何の罪もない通りすがりの同年代の男性をみても「あの人が生きてるのに、あの人があるいてるのにお父さんは死んでしまった」というはた迷惑な攻撃的思考。あとできくとこれは家族全員が持っていたらしい。
亡くなった人との生前の想い出、自分とその人とだけの想い出がある以上、故人を悼む気持ちには同じものは二つとなくてみんなそれぞれ心の中にもって生きていくのでしょう。