これは、ワタシが母と過ごした中で、
自分なりに考えてやってきたことの記録です。
…というより、
そのときそのときで感じたことや、思ったことを、
そのままやってきただけの話かもしれません。
特別なことは何もしていないし、
今振り返っても、行き当たりばったりやったなと思います。
認知症は治らない病気やと思っている。
人が死んでいくまでの道のりのひとつなんじゃないかと、私は感じていた。
だから最初から、
「お医者さんに行こう」とか
「薬でなんとかしよう」とか、
そういうことはあまり考えなかった。
もちろん、それが間違っているとか、
他のやり方を否定したいわけではない。
そういう選び方もあると思う。
ただ私は、
変わってしまった母を、そのまま受け入れるしかない、
そう思った。
じゃあ何をするかというと、
考えていたのはひとつだけで、
どうしたら母が機嫌よく過ごしてくれるかな、
そればかりやった。
その中で出てきた答えは、
「とにかく逆らわない」こと。
でも、これが本当に難しい。
明らかに違うことを言っていたり、
勘違いしていることがあると、
つい「ちがう」と言ってしまう。
でも、そう言った瞬間に
母は一気に機嫌が悪くなって、
怒ってしまうことが多かった。
だから「言わんようにしよう」と思う。
思うんやけど、やっぱり言ってしまう。
そしてまた機嫌を損ねてしまって、
「ああ、またやってしまった」と思う。
そんなことの繰り返しやった。
うまくできたとは、とても言えない。
それでも、なんとかして
機嫌を損ねない方法はないかと考えた。
その中でやってみたのが、
反論の仕方を変えることやった。
正面から「違う」と言うんじゃなくて、
「こうしてみたらどうやろう」と、別の案を出してみる。
「そうなんやけど…」と一回受けてから、
少しだけ言い方を変えてみる。
ほんの少しの違いだけど、
それで「そうやな」と受け入れてくれることもあった。
いつもではないけど、
うちの場合は、そうやって収まることが多かった。
今思うと、
母はもともと素直な人で、
ある意味では、扱いやすい人だったのかもしれない。
行き当たりばったり、という言い方が
一番しっくりくる。
実際、気を張っていないと、
こっちがばったり倒れそうになることもあった。
介護は、
介護される人と、する人の数だけ、関わり方があると思う。
同じ子どもでも、
立場や距離感によって、
母に対する気持ちも、考え方も変わってくる。
だから、
「これが正しい」というものは、たぶんない。
ただひとつ思うのは、
自分はどういうふうならできるのか、
それを考えることは、とても大事やということ。
無理をしても続かないし、
しんどくなってしまう。
きれいにできなくてもいいし、
うまくできなくてもいい。
そのときの自分ができるやり方で、
向き合っていくしかないんやと思う。
これはあくまで、私のやり方やけれど、
こんな関わり方もあった、という話です。